かわらの住人

群馬県より毒を込めて

老人の楽園

高校の政治経済の授業で政治学者ラスウェルによる政治的無関心の三分類について触れられた。

 

政治的無関心・半政治的無関心・脱政治的無関心というやつだ。


選挙権を得た二十代前半頃は自分の事しか考えていなかったので、選挙など微塵も行く気が起きなかった。


二十代半ば以降は公約とかにも目を通すようになり、少しは関心を持つようになったけど、胡散臭い話と公約ばかりで結局白紙の投票用紙を入れに行くだけの作業になった。


そもそも人口比率で一票の価値が修正されない限り、団塊とかの老人の数の暴力で若年層は蔑ろにされるだけのシステムで足を運ぶ気も萎える。


ネット投票も遅々として進まずそれが出来るのはアイドルのセンターポジションを争う総選挙くらいのものだ。


選挙で誰に入れてくれみたいなお願いを結構されるようになったけど、私の体は完全に無からの脱になっているのでそれは反映されてないです。